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「藤沢今昔」(3) ~たかくら橋周辺~
「昭和の藤沢」の写真と現在の様子を撮った写真を対比した「藤沢今昔」の第3回目は、たかくら橋周辺・そしてその下の国道467号線周辺の移り変わりを見てみましょう。なお、前回同様「昭和の藤沢」は、藤沢のアマチュア写真家・故渡邊廣さんが撮った写真と記述を参照させていただいております。
(写真集はコラム→「昭和の藤沢」からご覧いただけます。)
たかくら橋上から東京電力方面を見る
昭和32年3月
平成21年4月
令和元年12月
藤沢駅南口から川名へ行く途中山内病院のすぐ先に陸橋「たかくら橋」がある。
写真は橋の上から現在467号線と呼ばれている道路の片瀬・江ノ島方面を見ている。左側の2階建てが「東京電力」、右側の三角屋根の建物が「江ノ電」のバス車庫の整備工場である。昭和32年と現在平成21年の写真を比べてみると、今も、たかくら橋・山内病院など、また国道467号線もそのままであるが、付近の建物はこの50年で様変わりした様子がよくわかる。なお、たかくら橋は昭和13年7月の竣工と記されている。
写真は橋の上から現在467号線と呼ばれている道路の片瀬・江ノ島方面を見ている。左側の2階建てが「東京電力」、右側の三角屋根の建物が「江ノ電」のバス車庫の整備工場である。昭和32年と現在平成21年の写真を比べてみると、今も、たかくら橋・山内病院など、また国道467号線もそのままであるが、付近の建物はこの50年で様変わりした様子がよくわかる。なお、たかくら橋は昭和13年7月の竣工と記されている。
東京電力付近からたかくら橋を見る
昭和32年3月
平成21年4月
令和元年12月
東京電力の脇からたかくら橋を見る
昭和32年当時、画面右の自動車のあるところが丸善石油のガソリンスタンドで、後ろに見える高い建物がウイスキー工場の建物。橋の左側の建物は山内病院。現在、ガソリンスタンド・ウイスキー工場などは移転し、たかくら橋・山内病院は当時のままである。国道467号線は横浜方面・藤沢橋・藤沢駅北口方面からJRのガードを通って、片瀬方面に通じる主要道路として連日混みあっている。
東京電力の交差点から片瀬方面(467号線)を見る
昭和32年3月
平成21年4月
令和元年12月
昭和32年当時、駅南口を出たバスは「たかくら橋」を渡ってガソリンスタンドのところから下の道路に入った。そして「東電前」が最初の停留所であった。
写真では、道路の右側の建物がバスの整備工場。左側の横長の建物は片瀬中学校である平成21年・この写真とほぼ同じところから、撮影したが、この場所は様変わりして、当時の様子は想像できない。現在、バス停留所は、東電前の十字路は交通量が非常に多いためか、藤沢駅南口を出た鎌倉方面行きの、初めのバス停は、藤沢駅から東電の前を、西へ通り過ぎて新川名橋を渡り「富士見ヶ丘」というバス停になっている。藤沢駅南口から鎌倉行きのもう一つの路線は、たかくら橋を渡り、川名橋から御霊神社に通じるルートを走っている。また片瀬山方面行きの初めのバス停はイトーヨーカドー付近にある。
写真では、道路の右側の建物がバスの整備工場。左側の横長の建物は片瀬中学校である平成21年・この写真とほぼ同じところから、撮影したが、この場所は様変わりして、当時の様子は想像できない。現在、バス停留所は、東電前の十字路は交通量が非常に多いためか、藤沢駅南口を出た鎌倉方面行きの、初めのバス停は、藤沢駅から東電の前を、西へ通り過ぎて新川名橋を渡り「富士見ヶ丘」というバス停になっている。藤沢駅南口から鎌倉行きのもう一つの路線は、たかくら橋を渡り、川名橋から御霊神社に通じるルートを走っている。また片瀬山方面行きの初めのバス停はイトーヨーカドー付近にある。
(初掲載 2009-05-14・更新2019-12-4)