地区探訪(その11)片瀬地区

  地区探訪(その11)片瀬地区 
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片瀬地区は、明治時代となり風光明媚、かつ、温暖な保養地・別荘地として人気を博し、その後の宅地開発・造成へと展開した。

地区探訪(その11)片瀬地区

           2013年2月19日

kata-1 藤沢市内のいろいろな地区を順に紹介しています。第11回目は、片瀬地区です。 諏訪神社は8世紀半ば奈良時代に勧請されたと伝えられています。 片瀬丘陵の西側に点在する仏閣とそれらをつなぐ旧江の島道が中心となり、鎌倉時代には、花が開くように発展を遂げました。陸繋島である江の島は片瀬とは不離の関係を保ちつつ独自の歴史を展開しました。
江戸時代になると、風光明媚な江の島は、鎌倉・大山を合わせて物見遊山の地として賑わいました。
(写真は、岩屋不動尊)

ひとこと紹介

明治時代となり、風光明媚、かつ、温暖な保養地・別荘地として人気を博し、その後の宅地開発・造成へと展開した。観光の中心はやはり江の島。

主な街並み

片瀬東浜交差点から藤沢市街を抜けて大和市に至る国道467号、江の島入口交差点から海岸線を東西に走る国道134号。江ノ島電鉄江ノ島駅から江の島へ向かうすばな通り商店街と江の島入口でつながる小田急片瀬江ノ島駅周辺。北東に大船へ向かう湘南モノレール。
江戸時代からの人の流れが今につながっている。

こんなポイント

江の島へのアクセスは、小田急、江ノ電が主流だが、大船へつながる湘南モノレールもぜひ経験したい。

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【片瀬の仏教寺院】

片瀬地区の神社・仏教寺院は、片瀬丘陵の山麓に分布している。奈良時代8世紀半ば(723年)に信濃国一之宮から勧請されたと伝えられる諏訪神社上社・下社を含み、それらの史跡を結ぶ道は旧江の島道と呼ばれ、奈良時代から中世鎌倉時代を経て、地域の歴史を刻んだところです。寺院は、馬喰橋・新屋敷橋から南へ岩屋不動尊、泉蔵寺、諏訪神社上社・下社、密蔵寺、本蓮寺、常立寺、龍口寺と並んでいる。

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龍口寺、県下唯一の五重塔。本堂背後の仏舎利塔の場所が五頭龍が山となったという龍口山。

龍の口刑場跡。多くの処刑が行われた。
日蓮もここで斬首されるところだったが、
免れて佐渡に流罪となった。

 【常立寺】(しだれ梅、元国使の塚) (参考:平成23年「片瀬」昔物語 鈴木和一)
旧江の島道を南下して江の島方面へ向かい、県道と交差する手前東側に日蓮宗常立寺がある。早春には、枝垂れ梅の名所としても知られ、梅がほころぶ早春には多くの観光客が訪れる。常立寺はもともと龍口の刑場で処刑された罪人を弔うために建てられた真言宗の寺だったが、享禄5年(1532年)に日蓮宗へと改宗した。昔、付近は、片瀬川沿いの寂しいところで刑場となっていて、誰姿森(たがすのもり)と称されていた。源義経の首実検が行われた場所であり、大庭景親、和田義盛も刑死した。また、日蓮上人の法難もよく知られている。さらに、北条時宗の命により処刑された元国使の塚がある。1275年、元(蒙古)の使者杜世忠(とせいちゅう)ら5名がフビライの国書を携え、無条件降伏を迫って来日したが、時の執権北条時宗は徹底抗戦を決意、龍の口の刑場で処刑。その5人の亡骸を葬った所に五基の五輪塔が建てられた。

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お地蔵さまのお出迎え。門前の梅は満開

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誰姿森・元使塚

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ぎりぎり待ってみたが、しだれ梅は白梅も紅梅も3分咲き

 

【片瀬の表記の変遷】(参考:平成23年「片瀬」昔物語 鈴木和一)
地名の由来については、藤沢地名の会元会長湯山学氏が著作「湘南物語」の中で『一説に、海水が流れ込み砂浜が長く伸びて河口で潟を作っていたところから、潟瀬かたせと言われたという』と記されている。太古の昔の片瀬川川辺の原風景を物語る地名であったと言える。

 奈良時代相模国鎌倉郡方瀬郷
 平安~室町時代相模国北深沢庄固瀬
 鎌倉時代相模国鎌倉郷固瀬郷
 室町時代・戦国期相模国東郡片瀬郷
 室町時代~江戸時代初期 相模国小坂之郡片瀬村
 江戸時代相模国鎌倉郡片瀬村
 明治21年神奈川県鎌倉郡川口村片瀬―番地/江の島―番地
 昭和8年神奈川県鎌倉郡片瀬町片瀬―番地/江の島―番地
 昭和22年神奈川県藤沢市片瀬―番地

「かたせ」とは奈良時代の「方瀬」に始まるが、中世の紀行文吾妻鏡には「かた瀬」「固瀬」とされる。龍口寺にまつわる日蓮上人の御遺文の一節に『日本国の中に在っては相模の国、相模の国の中に在っては片瀬、片瀬の中に在っては龍の口に日蓮が命をとどめおきしことは・・・・・・・』と教典に書かれている。この「片瀬」文字が定着し使われたのは南北朝統一後のことであったと言われる。 

【江の島】  

文字通り片瀬と切離せないのが江の島です。「えのぽ」ではたびたび取り上げてきていますので、主なものをリンクしておきます。さらに、弁財天と五頭龍の伝説を簡単に紹介します。
     江の島の歴史    http://www.enopo.jp/watching/2332.html
     江の島の見どころ  http://www.enopo.jp/fujisawa-guide/kankou/2063.html

弁財天と五頭龍の伝説引用:天女と五頭龍の伝説~「江の島縁起」より 2012年1月10日号 広報ふじさわ…市民の広場)

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出典:岩本院文書 (藤沢市文書館寄託)

昔、鎌倉の深沢村に大きな湖があり、「五頭龍(ごずりゅう)」と呼ばれる五つの頭を持つ龍が住んでいました。五頭龍は子どもをさらったり、田畑を荒らしたり、悪行を重ねてばかり。近隣の村人たちは困り果てていました。或とき、五頭竜は湖水の南にあたる津村(鎌倉市)に出て、人の子を食らいました。それからというものは、長者の子をはじめ十六人を呑みこむ等、竜の人喰いは止むことかありませんでした。
 村人は皆よそに引っ越して逃げ出してしまいましたので、世間ではこれを子死越(こしごえ腰越)と呼びました。
 そんなある日、嵐とともに大地震が起き、恐ろしい天変地異が10日間も続きました。
 災厄が収まると、雲の上に天女が現れ、そして空からは風神・雷神などが石を降らし、海からは砂が吹き出て、ひとつの小さな島ができました。この小さな島が江の島、天女が弁財天だと言われています。
 やがて、天女は江の島へ降り立ちます。この様子をじっと見ていた五頭龍は、美しい天女に一目惚れ。江の島へやってきて「妻になってください」とお願いしましたが、天女は「人々を苦しめている者とは一緒になれません」と断り、洞窟の奥深くへと入ってしまいました。
 天女のことを諦めきれない五頭龍は、再び江の島を訪れ、「これからは心を入れ替え、村人のために尽くします」と誓いました。
 一生懸命に働いた五頭龍は、自らの体を山に変え、いつまでも村を守ることにしました。これが片瀬にある竜口山であると言われています。

 片瀬の近代化と山本家(参考:山本庄太郎翁と片瀬村、長野邦茂 2004年)

片瀬の成り立ちと発展の歴史を考えるとき、山本庄太郎翁と子息たちの功績を忘れることはできません。
境川の河口近くのこの地は、江戸時代には鎌倉郡川口村でした。明治中期まで片瀬砂漠と呼ばれ砂丘が連なる荒れ地であったが、気候温暖で近くに江の島、鎌倉を望む景勝地であることに着目した片瀬村の名主山本家の庄太郎は、長男百太郎ととともにこの地の開拓を志し、1897年(明治30年)に当時草木1本もなかった砂浜の開拓に着手した。海岸に高さ2m程の防波堤を盛土し、防砂林にも適したクロマツの苗を植え付けた。台風で松苗が流されると、江の島・七里ヶ浜から篠竹を移植して区画をし、松苗の定着を図ったという。4年経過する頃松林も安定した。その後、乃木希典学習院院長の片瀬游泳指導時の協力が縁となって、片瀬乃木幼稚園・小学校・高等女学校(戦後は湘南白百合に改名)の開設に結びついたこと。カトリック信徒であった次男信次郎が自宅に設けたカトリックの仮聖堂が後に片瀬カトリック教会に発展したことなど、一族の地域への貢献は大きいものがある。中でも、1873年(明治6年)、江の島道の片瀬川「石上の渡し」の箇所に自費で架橋した「山本橋」(現「上山本橋」)。その後下流に架橋した「(現)山本橋」と傍らの「山本公園」は、その名を残している。 

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山本橋。左は山本公園

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片瀬カトリック教会

 【湘南モノレール】

kata-13三浦半島の付け根付近にある丘陵地帯を貫き、古都・鎌倉市街を経由せずに大船と藤沢市片瀬地区を短絡する。1970年 大船-西鎌倉間が開業、翌71年 西鎌倉-湘南江の島間が開業し、全線開通。
跨座式モノレールに対する優位性を示すためあえて過酷な条件の地形に挑むように建設されたこの路線における技術の成功が千葉都市モノレールに活かされている。
 方式:懸垂式  最高速度:75 km/h、 路線距離:6.6 km  駅数:8駅(起終点駅含む)  全線単線         
西鎌倉-目白山下間の各駅周辺は昭和初期からの別荘地であったが高級分譲地として再整備され開発が進んだ。これにしたがい湘南モノレールは、片瀬海岸・江の島をはじめとする湘南地域の保養地・観光地へのアクセス手段の一つであるとともに、沿線から東京方面への通勤路線としての性格を強めた。1978年には観光需要が3割、通勤・通学需要が7割であったが、現在では通勤・通学需要が9割に達する。 

                                                
 取材、記事    Arbol Viejo 2013/2/19
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