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趣 味・歴史

芭蕉あれこれー芭蕉葉、能「芭蕉」、松尾芭蕉無常観

2021年7月12日  (itazu)
初夏に大きな芭蕉の葉、花を見かけますが、このユニークな巨大な草に、日本人は、自然の命の無常観を感ずるようです。能、俳句、和歌などで謡われ、詠まれてきました。 

<芭蕉葉>

俣野別邸公苑に、今大きな芭蕉の葉が茂り、大きな花が咲いています。大きな花といっても、実のような大きな花穂(花序)が垂れ下がり、めくれ上がった苞の下に列をなした10~20の黄色の花をつけています。(写真左)
最初は、花序の基部に雌花が咲き、やがて茎(葉芯)が伸びて垂れ下がり、花序の苞がめくれて雄花が咲き、虫を媒介に雌花と受粉し、バナナのような実をつけます。バナナと違って食には適さないようです。
 
芭蕉は、5月ごろ、固く葉鞘が巻いたまま新芽が出て、やがて伸びほぐれて若葉となり、3~5メートルの高さになります。巻葉がほぐれた大型の葉は初夏の光を受けて美しい。(写真左)
しかし、秋になると、大きな葉が破れ芭蕉となって裂けて枯朽ちていく姿は、木ではなく草であることから、一層無残さを感じさせます。
このプロセスを表す <芭蕉の巻葉→青芭蕉→花芭蕉→破れ芭蕉→枯芭蕉>は俳句の季語になっています。

こんな芭蕉の無常観を形にしたのが金春禅竹(こんぱるぜんちく)作の能「芭蕉」です。

<能「芭蕉」>
(あらすじ)中国の山中で修行する僧(ワキ)の庵に、ある日一人の女(前シテ)が現れる。
「女や草木でも成仏できる、美しく咲く草花こそ仏法の姿」と説く僧の法華経の教えに喜び、姿を消す。
夜も更け、その女(後シテ)が再び現れ、自らを芭蕉葉の精だと明かす。
仏を賛美し、芭蕉が人生のはかなさを象徴していることを語り、四季の推移を舞い、秋風とともに消える
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美しい青芭蕉も花を終えると、破れた芭蕉が残り無残な姿を見せますが、そこにも仏の慈悲が及んでいる、という「無常観」を形にした高度な能といわれます。(日本大百科全書(コトバンク))


<松尾芭蕉>

松尾芭蕉の37歳の時、これまでの江戸の繁華街での俳諧宗匠(師匠)を捨て、深川の草庵に移り俳諧隠者となります。草庵に植えた芭蕉がよく繁茂したため、人々が芭蕉庵と呼ぶようになり、芭蕉もこれまでの「桃青」という俳号とともに「芭蕉」の号も使うようになります。

芭蕉野分して盥(たらい)に雨を聞く夜かな
(芭蕉葉が暴風に吹き破られる音にじっと耐えていると、手水盥に響く雨漏りの音がやけに身にしむ)
 
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二年後江戸で大火事があり、草庵も焼けてしまい、さらに2年後、友人や門人の寄付で新しい芭蕉庵が出来上がります。

芭蕉葉を柱にかけん庵(いお)の月
(芭蕉も移植され元気に葉を伸ばし、月見の興に柱にかけて、新しい庵の提供に感謝をします。)

この火災の経験は、世の無常を痛感する契機となり仏教思想への転換する起因になったともいわれています。
「奥の細道」では、定住という「常」なるものを拒否し「旅」という無常の中に身をおき、自然と一体化する生きざまを俳句の中に見出しています。

芭蕉が追慕した西行

風吹けば徒(あだ)に破れ行く芭蕉葉のあればと身をも頼むべき世か(山家心中集)
葉が風で破れながらも耐える芭蕉葉の姿に己が身を思いながら、人の世のはかなさを詠んでいます。

<参考文献>
芭蕉入門(井本農一)講談社学術文庫、芭蕉全句(堀信夫)小学館、西行(西澤美仁)角川ソフィア文庫、 日本大百科全書(コトバンク)等
 

記事編集に際しては諸権利等に留意して掲載しております。   markenopo 2021年7月10日