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小田急江ノ島線開通90年今昔(10)-藤沢本町駅-

2020年11月30日  (B.Stone)
藤沢宿は東海道53次の日本橋から6番目の宿場です。旧東海道は遊行寺の前を西南へ向かい、藤沢本町駅の前を通っていました。
fujisawa honmachi2020年の藤沢本町駅
白旗神社白旗神社
 
1 藤沢本町駅の由来
藤沢宿は東海道53次の日本橋から6番目の宿場です。相模国風土記には、「高座郡大久保町坂戸町と鎌倉郡大鋸町をあわせて一宿として藤沢宿と唱す、江戸にて第五の駅郵にて云々」とありますが、戸塚宿が出来るまでは5番目の宿場でした。旧東海道は遊行寺の前を西南へ向かい、藤沢本町駅の前を通っていました。本陣がどの辺にあったかわかりませんが、この駅がかつて藤沢宿の中心に程近かったのは間違ありません。藤沢本町の由縁です。
 
2 藤沢本町駅の昔と今
かつてのホーム(時期不明)と最近のホームの写真です。当時の面影は、今はうかがい知れるところが見当たりません。藤沢本町駅では2006年にエレベータが新設されています。


昭和64年当時の下りホーム昔の下りホーム
平成22年10月下りホーム 2010年の下りホーム
 
3 乗降客の推移
藤沢本町駅は平成になって乗降客数は18,000人前後で推移していましたが、近年になって若干増加傾向となっています。
honmachi graph 1
4 藤沢本町駅の周辺
藤沢本町駅の周辺には、東側約150mに白旗神社、約1kmに遊行寺が、西側には春に桜が一番に開花し周辺住民の憩いの場所となる伊勢山公園があります。白旗神社は、元は相模一ノ宮の寒川比古命の分霊を祀り寒川神社と呼ばれていました。その後、鎌倉時代の「吾妻鏡」によると、源頼朝の勘気を受けた源義経が奥州平泉衣川館で自害、その首が奥州から新田冠者高平により鎌倉に送られ腰越の宿に着き、和田義盛、梶原景時により首実検が行われました。弁慶の首も同時に送られ首実検が行われ、夜の間にこの神社に飛んできたといわれています。このことを源頼朝に伝えると、白旗明神としてこの神社に祀るようにといわれ、義経公を御祭神としたので、後に白旗神社と呼ばれるようになりなした。



伊勢山公園の入り口階段222段上る伊勢山公園の入口222段の階段
伊勢山公園伊勢山公園
伊勢山公園は、藤沢市の公園として最初に指定されたといわれている古い公園です。駅を出てすぐの踏切を渡り、T字路を右折してすぐ左折し、222段の石段を登ると伊勢山公園に着きます。そこでは大きな桜と慰霊碑が迎えてくれます。広場には、木製の長いすとブランコなどがあり周辺の人々の憩いの場所として親しまれています。以前は根元が3m近い桜の木が東側に3本ありましたが、切り取られて新しく3本の高さ2m程度の若い桜が巨木桜の根元の間に植えられました。桜も老齢には勝てず世代交代の時期だったのかも知れません。長きにわたり憩いの春を与えてくれた巨木の桜に感謝です。
巨大桜の木は次の世代へ巨大桜の木は次の世代へ
honmachi sakura現在の桜(河津桜です)
小田急江ノ島線今昔は今回が最終回となります。本連載に際して、小田急電鉄株式会社のご厚意により各種資料をご提供いただきましたことに、あらためて御礼申し上げます。

(市民記者 TOMU 2010年12月  更新2020年10月 大石)

記事編集に際しては諸権利等に留意して掲載しております。   markenopo 2020年11月24日