小田原の時代を訪ねて
2018年12月17日 (gantyan.ozawa)
小田原の城郭は、ものすごく大きいのです。横幅は、現在の早川から酒匂川あたりまで。
お城の北側の城山(しろやま)は城郭の中です。いまでも空堀があります。
西のほうを見ると二つの並んだ山。これは知る人ぞ知る「二子山」。相撲部屋ではありません。
お城の北側の城山(しろやま)は城郭の中です。いまでも空堀があります。
西のほうを見ると二つの並んだ山。これは知る人ぞ知る「二子山」。相撲部屋ではありません。
三の丸外郭の新堀土塁。この中で武者や馬はどういう風にしていたのでしょうか?
大堀切の東堀(北条三代目氏康の代に築かれた三の丸の堀)です。写真より実際のほうが圧倒される大きさです。今でも残っているとは!小田原市に感謝しましょう!
小田原市の大堀切の東堀の案内板です。じっくりとお読みください。
風祭・板橋の山の上の方にある「春日局」のお墓がある場所です。しだれ桜も冬枯れです。
江戸の玉川用水設計の参考にされた、小田原用水跡です。いまでも早川から流れが引き込まれています。
江戸時代、大手門跡の鐘楼です。今でも衝かれているそうです。家庭裁判所の前に陣取っています。
記事編集に際しては諸権利等に留意して掲載しております。 2018年12月17日