かけがえのない命を救え!善行雑学大学で「かけがえのない命を救え!国境なき医師団で活動する中に感じる葛藤と苦悩と希望」という講演を聞きました。
善行雑学大学「かけがえのない命を救え!」
2018/2/23 取材・記事:Tanbakko
善行雑学大学で「かけがえのない命を救え!国境なき医師団で活動する中に感じる葛藤と苦悩と希望」という講演を聞きました。講師は、湘南藤沢心臓血管クリニックの安西 兼丈(あんざい ともひろ)院長でした。医師免許を取得した当初から、国境なき医師団に入って国際的な医療活動を行ないたいという希望を持っていたそうです。
国境なき医師団で活動するためには、様々な技術、スキルが必要です。自分の専門分野はもちろんのこと、例えば帝王切開手術や皮膚移植手術、そして内科領域も手掛けるなど総合的な医療技術や診察能力、更には海外での実務経験が必要とされます。安西院長は、医師免許を取得してから約10年かけて国内外で研鑽を積み、2008年のミャンマーでの医療支援活動から国際協力の活動を開始したとのことです。
国境なき医師団は1971年にフランスで設立されました。命の危機に瀕している人びとへの緊急医療援助活動や人道危機に対する証言活動などが評価され、1999年にノーベル平和賞を受賞しました。
日本では1992年に「国境なき医師団(MSF)日本」が設立され、2017年に創設25周年を迎えました。2016年には、107人が34の国・地域で援助活動を行なっています。
日本では1992年に「国境なき医師団(MSF)日本」が設立され、2017年に創設25周年を迎えました。2016年には、107人が34の国・地域で援助活動を行なっています。
安西院長が国境なき医師団の一員として最初に派遣されたのは2009年ナイジェリアでした。医療提供体制の整っていない地域での医療支援活動がミッションでした。以降、イラク、パキスタン、イエメンで活動を行ってきました。いずれも内戦やテロなど危険の伴う国・地域です。
国境なき医師団での活動は、国も言語も異なる多くの医療スタッフとの協働作業となります。何よりも重要なことは医療スタッフとのコミュニケーションをとって、「チーム」として活動していくことです。また、若い現地のドクターに技術を教えていくときには、いかにして納得してもらうかなど、自らの経験にもとづく苦労話をお話しいただきました。
紛争地域では一度に多くの患者を治療しなくてはなりません。従って、治療順位をどう選別していくか(=トリアージ)が問題となります。トリアージを間違うと救える命も救えなくなります。具体的な事例をもとに、トリアージの難しさとそれに伴う苦悩や後悔、申しわけない気持ち、そして、やり場のない怒りなどの生々しいお話しも聞くことができました。
<講演を聞いて>
国境なき医師団が危険な紛争地域で活動しているということは知ってはいましたが、身近にそのような活動をされている医師がいらっしゃるとは、それも湘南台の図書館に行く途中のクリニックの院長さんとは、驚きでもありましたが、また新鮮な気持ちで講演を聞くことができました。
国境なき医師団が危険な紛争地域で活動しているということは知ってはいましたが、身近にそのような活動をされている医師がいらっしゃるとは、それも湘南台の図書館に行く途中のクリニックの院長さんとは、驚きでもありましたが、また新鮮な気持ちで講演を聞くことができました。
危険と隣り合わせで、しかも医療設備も薬も医師も不足している地域での活動は、様々な葛藤と苦悩があることがよく判りました。最後に「The pen is stronger than the sword!(ペンは剣よりも強し)」との言葉で講演を締めくくられましたが、そこには、人間の英知に対する深い信頼と希望とが込められていると思いました。
2018年5月8日