昭和の藤沢
 

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第3部 追加分(2)

「昭和36年の状況」 
従来「湘南遊歩道」と呼ばれていた134号線は、この当時まだ舗装は車道の中央部2車線のみで、車道の一部
と歩道は舗装されていなかった。この頃は自家用乗用車も増え、好天の行楽日には必ず渋滞を起こしていた。

写真1(昭和36年3月)
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片瀬橋方向を見る。左端松林の上に建物の一部が見えるが、「江ノ電駐車センター」である。
自動車は自家用乗用車が殆ど全部で、貨物車や商業車は数が少ない。 


写真2(昭和36年3月)
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西方向、辻堂方向を見る。画面左側中央に見える建物は「江の島へるすせんたー」である。
午後なので東方向行きの車のほうが多い。

鵠沼プールガーデン横のカーブ
写真3(昭和34年1月)
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このあたりから辻堂方面にかけては、道路両側の松林はかなり背が高かった。舗装は道路中央のみである。
普段は自動車の通行は極めて稀であった。

辻堂東海岸4丁目付近
写真4(昭和38年5月)
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現在の鵠沼海岸4丁目と辻堂東海岸4丁目との境界付近で、現在湘洋中学前の歩道橋の設置されている付近。
この頃でも平日は自動車の交通は少ない。 防風、防砂の松林がよく茂っていることは現在も同じでである。

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